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同性愛

「好き」のカタチ。
つらいこと。うれしいこと。
2003年4月18日 (金)
親の心理としては、やっぱりいい気はせえへんよね。
自分の息子が男から好きだって思われてるなんて知ったら。
むしろ「うちの子に手を出さないで!」って、内心はおもいっきり思っちゃうよね。
そりゃそうだ。
だからぼくも嫌われて当然。
ぼくなんかどこか遠くに行ってくれたほうがいいですか?
もっと言うなら、死んでほしいですか?

せっかく知り合えたのにね。
それなのに、こんな感じで終わっていっちゃったのはやっぱり悲しかった。
もう好きだとか思わないから、だからそんな目で見ないで。
もうぼくのこと、そんな冷たい目でしか見てくれないんですか?
これ以上、近づいてこないで・・・本当はそう言いたいんですか?

ぼくだってこんな気持ち、好きで抱いてるんじゃないのに・・・
でも、仕方ねーじゃん。止めらんなかったんだから。
これでもすっげー悩んだんだからな!

もうイヤなんだよ。
誰かを好きになりたくない。
傷つきたくない。
好きになっちゃいけない。
もうイヤなんだよ。


2003年11月7日 (金)  
「僕が『ショタ』を理由に初めて買ったCD」ってのは実は「Folder」なんですが、
考えてもみればあのときって僕、まだ中学生くらいだったんだよね。
そんなときから僕はショタ好きだったんだ…。
あの頃はそんなに自覚してなかったけど
(いちおう「自分は周りと違う」っていう不安は感じてたが)、
今振り返ってみれば明らかに男の子に興味あったもんなぁ
(自分が中学生の頃は小学生に興味があったね、爆死)。
中学1年のとき、同じクラスにハイレベルにかっこかわいい男の子がいて、
しかも出席番号が近かったから美術の授業とかでも同じ班になれたりで、
その子と話してるとすごくドキドキして、もっと見てたいとか思ったり…。
そんなことを思う自分がどこかで嫌いで、やけにせつない気持ちになってたっけ…。
つーか思い起こせば小学生だったときも、
やっぱりちょっと幼めな同学年の友達とかにすごく興味あったし…。
あの頃からずっと、ずっと苦しかったんだよな…。
どうしようもない罪悪感を抱えてた。
そして今とかもっと苦しいし。
あのときはまだそういう自分を見ないふりして、忘れることで自分を守れてたけど、
もう今はそんなの無理。だからずっとしんどい。


2004/3/16(火)
先日どさっと買ってきた同人誌たち。
ただいま、とりあえず引き出しの奥にしまっています。
親に見つかるとマズイんでね・・・こっそりと。
即売会行ったことも親には当然内緒。
さすがに言えない。
「同人誌」というだけで親には「??」だろうに、
加えてジャンルがジャンルだから余計ね・・・。
やっぱり親は、自分の子どもがこういうのに興味を持ってるって
知ったら悲しくなるのかな。
即売会に一緒に行った人が言った言葉。
「そりゃ親は悲しむやろ。結婚せえへんのちゃうかとか、
 孫が見れないんじゃないかとか心配するやろし。」
・・・そうなんだよね。
「好きなんだから仕方ないやん」とぼくがいくら割り切っても、
親はそんなふうにはなかなか思えないと思う。
だから言えない。
逃げることしかできない。
本当のことを言えない自分が汚く思えて、なんだかツライ。
だいたいぼくの恋愛対象ってなんなんだろ。
たしかに男の子は何よりも好きで、
しょっちゅうドキドキしてるけど、
それは「可愛い!」とか「Hなことしてみたいー!(ぉぃ)」とか
そういうのが中心であって、恋愛対象ではないと思う。
大人の男性には今のところ興味ない。まったく。
でも自分が歳を重ねるに連れて、
許容範囲が確実に広がってきているのは事実。
むしろ大学生とか高校生くらいの男の人と
恋をしてみたいとかいう気持ちが最近は強いのかもしれない。
じゃあやっぱりぼくは男が好きなんだろうか?
けどまた別の角度から考える理想として、
「フツウ」の平和な家庭を築きたいとか、
親に孫を見せてあげたいとかいう思いが強いのも嘘じゃない。
・・・なんだかよくわからない。
何が正しくて何が間違っているのか、
正しいとか間違いとかそういう話じゃないのか。
あまり深く考えたくなくていつも逃げてしまう。
ぼくが自分を好きになれない一番の原因はたぶんここにあるんだ。
いつだって現実から逃げて自分を守ろうとしてる。
こんな自分が大っきらい。死ねばいいのに・・・。

あーあ、なんか心のモヤモヤを言葉で書いてみると
ちょっとだけスッキリしたかなー。
いや、スッキリしてる場合じゃなくて、
これはぼくに一生付きまとってくるテーマだから
しっかり受け止めなくちゃいけないんだろうけど。
そうなんだろうけど・・・怖いんだよね。
結論を出すのが、マジで怖い。
いつまでも結論なんて出したくないなぁーとか・・・
あぁだめぽー(苦笑


2004/4/26(月)
「彼氏」、「彼女」って言葉より
「恋人」って言葉のほうがぼくは好き。
対象が男女どちらの場合でも使えるって意味でね。

思えばぼくは「彼女が欲しい」って
本気で思ったことはないかもしれない。
「恋人が欲しい」ならよく思うんだけど。
この事実が意味すること。それはつまりそういうことなのね。
ふつうに男の子とラブラブしたい気持ちはいっぱいあるんだよ。
そんなこと言い出す勇気がないだけで。現実は厳しいのさ。
けど将来的には普通に結婚して
平凡な家庭をもちたいって思いも強い。
中途半端だよなー、ぼく。

ていうか正直、男も女も関係なく、
ありのままの自分をさらけだせて、
なんでも話し合えて理解しあえるような人と出会いたい。
そういう人と「恋人」になりたい。
そしたらきっと、あたたかくなれると思うから。


2004/5/9(日)
もし女の子だったら・・・
もし女の子として生まれてきていたら・・・

たまにそんなことを考える。
そうしたらぼくは今みたいに
いろいろ悩まなくても良かったんだろうか?
もっとラクに生きられたんだろうか?
ふつうに恋がしたいと思えたのだろうか?
自分についてこんなにも深く考えるようには
ならなかったのだろうか?
生きてる意味がないとか、死にたいとか、
思わないですんだんだろうか?
もっと幸せだと思えたんだろうか?
もっと今を楽しいと思えたのだろうか?

そんなこと、わからない。わかるわけない。
けどぼくは、男である自分が好きだと思ってる。
どうしてかはわからないけど、
漠然とだけど、たぶんそれは間違いない。
でも、じゃあどうしてふとツラくなるんだろう?

自分のことなのに、よくわからない。
自分のことだから、よくわからないのかもしれない。

・・・なんか最後は詩的(笑


2004/6/13(日)
ぼくがときどき覗かせてもらっている
某BLサイトの管理人さん(♂)が、
リアルで彼氏ができたと告白していました。
まじでちょっと驚きました。
日記ではそのラブラブっぷりが
幸せいっぱいに語られていて、
ほほえましいなーと思いました。
「BLやショタが趣味で好き」というレベルと
「リアルにゲイである」というレベル。
この2つは近いようで遠いものだと思っていたけど、
実はそうでもないのだろうか。
ぼくも、ぶっちゃけた話、
前者だけでなく後者にも当てはまってしまいそうだし。
20年間生きてきたけど、
女の子をマジで好きになったことなんてないし、
ドキッてしたこともない。
でも男の子相手にはドキドキしっぱなしだし、
いつだって少し気を抜けば
そのあたりの男の人に恋に落ちそうな感じだし。(笑)
それが自分のなかで許せない、というか
まだ受け入れられないでいるんだけど、
その管理人さんはそれを見事に受け入れてて、
「今を楽しもう」って思えていて、
それが、純粋に「すごいな」と思った。
ぼくもいつか、あんなふうに思えたらいいな。


2004/6/22(火)
みかんの缶詰を開けようとして蓋を見たら、
賞味期限が○月△日だった。
ぼくの好きだった人の誕生日だ。
そんなことが記憶をかすめた。
もう終わったはずなのに、
今でもまだどこかで終わってないのかな。
ときどきふいに痛むんだ。
あれ以来、ぼくは何もかもを恐れている。
強くなれるように。そう願う。


2005/1/16(日)
なんかよくわからないけど、
僕って本気で恋をしたことがないのかもしれない。
いつもわりと冷めているというか、
何にしてもどこか他人事というか、
相手と自分のあいだに線を引いている感じ。
これ以上は誰も入ってくるな~、みたいな線。
自分を守るライン。

実際、誰かにその内側まで入ってこられると
すごく不安でしんどくなると思う。
だから、いつもどこかに線を引いてる。
距離を置いてる。うわべだけの付き合い。
何かと、すごく脆いんだろうね。

そのラインを消しても大丈夫な相手、
そんな人が現れたら、それがもしかすると
運命の人なのかもしれないなーとか思ったり(笑)。

・・・何が言いたいのか全然意味不明になってきたので
このあたりで打ち止めにしときます(苦笑)。


2006.12.31 Sun
やっともう認めた!っていうのも今年の重要トピックかな。
100%かと言われると、そこまで言い切っちゃマズイのかなとも思うけど、
だいぶスッキリと割り切れた感じはあって。
ここまでくるのに10年以上かかったんだね……

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大学入った頃は、まだまだ認めてなかったんだねー…。

小学校高学年の頃から薄々は感じていた。
中学生になると、その疑惑はより強くなっていた。
「今は周りが男子ばかりだから」
「いつか嗜好が変わるかもしれない」
そんなふうに思おうとしてた。
高校生になって、でもやっぱり変わらなかった。
それどころか、本格的に同性に恋をしてしまった。
その人は全然そういう嗜好はなかったから、完全な片思い。
土俵にあがることも許されない。
やり場のない思いだけが募っていく。
すごくつらかった。
僕が平静を保てなくて、崩れていったせいで、
最後のほうには友達という関係さえもゆるやかに壊れた。
完全に壊れたわけじゃなかったけど、どこかぎこちなくなってしまった。
気持ちを伝えたことを良かったと思う自分と、
どこかで後悔している自分とがいた。
あのとき、もう人を好きにならないと決めた。
特にいわゆるノンケな人は絶対。
万が一にも誰かを好きになってしまわないように、
人と距離を置こうと決めた。
大学では、そういうスタンスで過ごした。
誰かと仲良くなると、制御できなくなるかもしれない。
だから、極力、人付き合いを避けた。
おかげで、比較的平和に過ごすことができたと思う。
少なくとも、あのとき感じたようなつらさを
大学で味わうことはなかった。
大学に入ったばかりの頃は、
まだその初恋の相手のことを忘れられなくて
少し不安定になるときもあったけど、
大学3~4年頃は、本当に安定していたと思う。
すべてから逃げて、過去からも今からも逃げて、
確保した安定だった。

異性愛が「普通」なのだとすれば、同性愛は「異常」で。
自分が「異常」であることを認めたくなかった。
受け入れる勇気がなかった。
だからずっとだましてきた。自分を偽ってきた。
見ないように、気づかないように。
必死に目をそむけてきた。
いつも、心の奥にあるその影におびえてきた。
何かのきっかけで、ふいにその影の存在に気づくたび、
負の感情に襲われて、悩んで。
また、心の奥の見えないところに押し込んで。
そんなことを繰り返してきたんだと思う。

それでも、やっぱりまた人を好きになってしまった。
「懲りないな…」と心底あきれた。
自分の弱さを知った瞬間だったのかもしれない。
どれだけ傷ついてもいい、
またあのときみたいなつらさを味わうことになってもいい、
それ以上に、飛び込んでみたかった。
ここまで思える人には、もうこの先巡り会えないかもと感じたから。

…そして、やっと気づくことができたように思う。
その人とのことを真剣に真剣に考えて、ようやく受け入れることができた。
同性とか異性とかじゃなく、
「好き」という気持ちを大事にしようって。
本当に長かった。
後から振り返れば、この上なくシンプルな答なんだけれど。
この結論に行き着くまでに、10年近くかかった。
これだけ時間がかかってる時点でだめすぎるのかもしれないけど、
自分のたどりついたこの結論は大事にしていきたい。

逃げずに考えるきっかけをくれた。
その出会いに、僕は本当に感謝している。


そして以下は完全に余談になるんだけれど、
過去ログ読んでて、面白い(アホっぽい)こと書いてるなーと思ったので再掲。
自分必死だなw

2004/5/21(金)
どうして男同士の恋愛は世に受け入れられないのか。
人はみな言うよね。
「男同士ってキモすぎやん」って。
そりゃさ、たしかに男同士がイチャイチャしたり
キスしたり、あんなことしたりしてるのを想像したら、
よっぽどの可愛い男の子同士が絡んでいる場合を除いて
きれくはないと思うさ。っていうかたぶんキモいさ。
でも、そもそもそういうのって他人が
「キモい」とか「汚い」とか「目が腐る」とか(←言い過ぎ)
言うもんじゃないっしょ?
恋愛なんて誰かに見せるためにあるものじゃないし、
誰かに想像されてとやかく言われることじゃない。
当人たちの問題なんだよ!
本人たちが良ければそれでいいんだよ!!

つまりだ、ここは主観視点で考えようじゃないか。
例えば自分が男の人とキスする場面を考えてみよう。
このとき、自分にとって見えているのは
まさに眼前の男の人だけ。
つまり主観的には、そのようなシチュエーションへの評価は
そのキスする相手だけで決まるのだ。
自分が男か女かなんてのは全然関係ない。
そんなこと、自分には関係ないことでしょ?
もちろん客観的にその状況を見たら
男同士ということで「気持ち悪い」と
評価されるかもしれないけど、
当人たちの視点ではそうじゃないんだよ。
そしたら別に普通のことじゃん?
キモくもなんともないことでしょ?
ただ「男の人とキスをする」っていう
別に珍しくもなんともない行為をするだけなんだから。
もしそれでも「キモい」というんだったら、
それは「男とキスをすること」に
その原因があるってことになるけど、
だとすると、世の中のほぼすべての女性は
そんなキモい男とキスをしてることになって、
「へぇ~、じゃあ世の中の女性はみんな
そんなにもキモいらしい男という生き物と
キスしたりアレしたりしなきゃで大変だね、可哀相に」
という話にもなりかねないよ。

恋愛は客観的に評価するものじゃない。
当人たちの立場で、当人たちの視点で
捉えて評価すればいいんじゃないっすか?
なんてことをふと思ったので書いてみました。
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