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優しさを受け止める術

幸せを幸せと受け止めるには、どうすればいいですか?
高校2~3年生はクラスが同じで。
そのクラスは、みんなが優しかった。
僕みたいな奴を、おかしいくらい普通に受け入れてくれた。
逆にどうしてそんなに優しくされるのか、理解できなかった。
今まで味わったことがなかった感覚が不思議すぎた。

それでも僕は、周りにあまり心を開けなかった。
距離を置いていた。
どこかで警戒していたのかもしれないし、
でもそれ以上に、単に心の開き方を知らなかっただけなんだと思う。
優しい言葉をかけてもらっても、
どう応えていいかわからなかった。
中途半端に愛想笑いを返すくらいしかできなかった。
逆に、こんなリアクションしかできなくて
相手に嫌な思いをさせたんじゃないかと不安になった。

僕は今までと違うタイプの落ち込みを経験することになった
――周りの優しさに応えられない自分を責める気持ち。

それはまた同時に、自分の新たな欠陥を認識することにもなって、
自分はつくづくダメなやつだと幻滅した。
周りの優しい人たちを自分が傷つけているのかもしれないという不安は、
自分が周りに傷つけられるのと同じか、それ以上に辛いことだった。


それでも徐々に、一部の人たちには
心を許せるようになっていった。
まだなお、たくさん偽っていたとは思うけれど。

好きな人ができたのもこの時期だった。
叶うことはない思い。
こんな思いを抱いてしまって、相手に申し訳ない気持ちと、
自分を許せない気持ちでいっぱいになった。
それまで味わったことのない種の辛さだった。

もっと追い詰められた毎日のほうが、
僕の場合は良かったのかもしれない。
誰の優しさも享受できない。
優しさを返す術を知らない。
自分は幸せになる資格なんかないんだと、感じ始めた。

ゆっくりと考える余裕がありすぎた。
今まではなかった精神的な余裕があった。
だから、自分のことをじっくり考えることができた。
ネガティブが止まらなくなった。

その時期、一人のクラスメートが僕に近づいてきた。
悩んでる僕に気付き、手を差し伸べようとしてくれた。
ここにいる自分に気付いてくれたことが、
あのときはただ嬉しかった。
そのとき初めて、「他人に依存したい」という欲求がわきあがったのかな。
弱さを見せて、受け止めてもらって、楽になりたいと思った。
一人で苦しまなくていいんだと、救われたかった。
それまでは本当にすべて自分の中に押さえ込んできたから。
誰かに自分の内側を見せるなんて、しようと思ったこともなかった。

でもその人は、僕にいろいろなことを期待した。
人と関わること、活動に参加すること、自分を変えていくこと。
でも僕にはうまくできなかった。
その人に見捨てられるのが何より怖くて、
だから必死にがんばった。
でも、そんな簡単に変えることなんてできなかった。
そんな僕に、その人はどこか失望したようだった。
もう捨てられるんだと思った。
自分はやっぱりダメな奴だから、救われることなんてないんだと。

僕は自然とその人と距離を置くようになっていた。
後になって、その人の性格は相当キツくて自己中心的で、
実は多くの人がその人のことを嫌っているという話を他の人から聞いて、
「自分がダメだっただけじゃないんだ」と安心している自分がいた。
自分を正当化して、守ろうとする思考。
多少なりとも救ってもらったはずなのに、
自分って汚いな、最低だなと思った。
以前以上に、自分を責めることしかできなくなっていた。
自分なんか生きてる資格がないんだと思った。
あの頃初めて、切ることを覚えた。
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